海の中では、頑張る人ほど疲れます。
こんにちは!
PADIインストラクター、ダイブテリーズの我妻です。

「今日の海は少し流れがあるから、いつもよりしっかり泳がなきゃ」
もしあなたがエントリーする前にそんな風に気合を入れていたとしたら、少しだけ肩の力を抜いて、このブログを読んでみてください。
多くの方を海へ案内していると、エントリー直前のダイバーの「心の状態」が、その日のダイビングの楽しさをすべて左右すると言っても過言ではないなと感じることがよくあります。
特に、Cカードを取ったばかりのビギナーの方や、少しブランクがあいて久しぶりに海に戻ってきた方に共通して見られる現象があります。
それは、「よし、一生懸命泳ぐぞ!」「バディやガイドに置いていかれないように頑張るぞ!」という、非常に前向きで真面目な“力み”です。
陸上のスポーツであれば、その真面目さは素晴らしい武器になります。
一生懸命に足を動かし、腕を振り、心肺機能の限界まで挑むことでタイムが縮まったり、技術が向上したりするからです。
私たちは子供の頃から「頑張ることは良いことだ」と教わってきましたし、それは日常生活において間違いなく正義です。
しかし、大変皮肉なことに、ダイビングという世界においては、この「頑張る」という姿勢が完全に裏目に出てしまいます。
結論から言ってしまうと、海の中では「頑張る人ほど、圧倒的に疲れる」のです。
なぜ「頑張って泳ぐ」と息が苦しくなるのか
初めて海に入る人や、まだ水中環境に慣れていない人ほど、水中で前へ進ようとして一生懸命にフィンをキックします。自転車を漕ぐように細かく足を動かしたり、あるいは陸上で走るときのように体に力を入れて水を押し出しようとしたりします。
時には、無意識のうちに手で水をかこうとしてしまうこともあります。
人間の体は、筋肉に強い負荷がかかると、大量の酸素を必要とします。
一生懸命に動けば動くほど、細胞が酸素を消費し、二酸化炭素を作り出します。
すると脳は「もっと酸素を取り込まなければならない」と判断し、呼吸のペースを速めるよう命令を出します。
これが、水中で「ゼーゼー」と息が上がってしまうメカニズムです。
陸上であれば、息が上がっても口を大きく開けて深呼吸すれば数分で落ち着きますよね。
しかし、水中で私たちが呼吸しているのは、レギュレーターという機械を通した空気。
陸上と同じように激しく息を吸おうとしても、吸気抵抗があるため、思ったように空気が入ってこない感覚に陥ります。
この「息が吸いきれない感覚」がプチパニックや恐怖心を呼び起こし、さらに呼吸を浅く、速くさせてしまいます。
結果として、エアの消費は驚くほどの早さで進み、ダイビング開始からわずか20分や30分で残圧が少なくなって浮上しなければならない、ということになってしまうのです。
「あんなに頑張って泳いだのに、楽しむ余裕すらなかった」
そんな苦い経験を持つ方も少なくないはずです。
それはあなたの体力が足りないからではなく、単に「頑張りすぎていた」からなのです。
上手な人ほど、海の中では「何もしない」
一方で、ベテランダイバーや私たちインストラクターの水中での動きを思い出してみてください。
横で並んで泳いでいるとき、彼らは決してハアハアと息を切らしていません。
それどころか、まるで水中にただ無重力で漂っているだけのように見えるのではないでしょうか。
実は、海の中で本当に上手な人ほど、驚くほど「頑張っていません」。
もっと言えば、「いかに動かないか」「いかにエネルギーを使わないか」ということだけに集中しています。
彼らのフィンキックを見てみてください。
バタバタと細かく動かすのではない、大きく、ゆっくりと、まるで太極拳のようなリズムで動かしているはずです。
一回フィンを大きくしならせたら、その推進力だけで数メートルはスーッと滑るように進みます。
そして、その滑っている間、足の筋肉は完全に弛緩しています。
つまり、「一瞬だけ力を入れ、あとは慣性で進む」を繰り返しているのです。
呼吸も同じです。
胸を大きく膨らませてハアハア吸うのではなく、お腹の底からゆっくりと吸い、さらにゆっくりと吐き出す。
水中にいる時間のほとんどを、力を抜いたリラックス状態で過ごしているからこそ、彼らは40分経っても50分経っても、エントリーしたときと変わらない涼しい顔でいられるのです。
ダイビングは「頑張るスポーツ」ではなく、「力を抜く技術」です。
この事実に気づけるかどうかが、ダイビングが「苦しい運動」から「極上の癒やし」へと変わる最大の分岐点になります。
力を抜くことで手に入る、4つのメリット
水中で意識的に脱力できるようになると、あなたのダイビングは劇的に変化します。
具体的には、次の4つの素晴らしい恩恵を受けることができます。
1. 浮力がピタッと安定する
体が力んでいると、肺に常に余分な空気が溜まった状態(吸い気味の状態)になりやすくなります。
また、筋肉が硬直していると、水深の微妙な変化による浮力の変わり目に対応できません。
逆に、全身の力を抜いて呼吸をコントロールできるようになると、BCDのインフレーターボタンに頼らなくても、自分の呼吸の深さだけで水深を数センチ単位でコントロールする「肺のトリム(適正浮力)」ができるようになります。
2. 魚たちが驚くほど近くまで寄ってくる
魚たちは、人間の「殺気」や「焦り」に非常に敏感です。
バタバタと激しいキックで向かってくるダイバーを見ると、魚は大きな捕食者が襲ってきたと勘違いして、一瞬で岩陰に隠れてしまいます。
しかし、力を抜いて水と同化するように漂っているダイバーに対しては、魚たちは警戒心を解きます。
向こうから好奇心を持って近づいてくることさえあるのです。
3. エアの持ちが劇的に良くなる
前述の通り、無駄な筋肉の緊張がなくなれば、体が必要とする酸素の量は最小限で済みます。
これまで「いつも自分が一番最初にエアがなくなって、チーム全体のダイビング時間を短くしてしまっていた」と悩んでいた人が、ただ「脱力する」ことを覚えただけで、エアの持ちが1.5倍から2倍になるケースは日常茶飯事です。
4. 視野が広がり、海の美しさに気づける
必死に泳いでいるときは、目の前のガイドのフィンしか見えていません。
しかし、力を抜いて心に余裕が生まれると、頭上の太陽の光のカーテンや、足元の砂紋の美しさ、小さなウミウシの愛らしい動きなど、これまで見見落としていた広大な海の世界が自然と目に飛び込んでくるようになります。
水中で「上手なサボり方」を身につけるために
では、具体的にどうすれば水中で上手く力を抜くことができるのでしょうか。
明日からのダイビングで実践できる、簡単なコツをいくつかお話しします。
まずは、エントリーして水底に落ち着いたら、一度「自分の肩の位置」を意識してみてください。
緊張している人は、無意識のうちに肩がギュッとすくみ、首元に力が入っています。
それを、意識的に「ストン」と下に落とすイメージで脱力します。これだけで、呼吸が格段に楽になります。
次に、フィンキックを一度「完全に止めてみる」時間を作ってください。
多くのダイバーは、止まるのが怖くて常に足をモゾモゾと動かしてしまいがちです。
中性浮力が取れていれば、足を止めればその場にピタッと止まれるはずです。
あえて「30秒間、指一本動かさずに浮いている」という練習をしてみてください。
自分が水の一部になったような感覚が掴めれば大成功です。
最後に、もし少しでも流れを感じたり、移動が早いなと感じたりしたら、泳いで追いつこうとせず、呼吸を「吐くこと」に意識を向けてください。
苦しくなったときにまずすべきは、吸うことではなく、肺の中の二酸化炭素をしっかり「吐き出す」ことです。
深く長く吐けば、自然と次の綺麗な空気が入ってきて、心拍数はすぐに落ち着きを取り戻します。
頑張らない自分を、海で楽しもう
私たちは普段、仕事でもプライベートでも「もっと頑張れ」「成果を出せ」と求められる世界に生きています。
無意識のうちに、休むことや力を抜くことに罪悪感を覚えてしまうほど、頑張ることが癖になっているのかもしれません。
だからこそ、海の中にいるときくらいは、その「頑張る自分」のスイッチを完全にオフにしてみませんか。
海は、あなたがどれだけ速く泳げるかを試す場所ではありません。
どれだけ効率よくサボれるか、どれだけだらだらとリラックスできるかを競う(競うものでもありませんが)場所なのです。
次に海へ行くときは、「よし、今日は世界一頑張らないダイビングをしよう」と心に決めてエントリーしてみてください。
きっと、今までで一番長く、一番優しく、そして一番美しい海が出迎えてくれるはずです。
「少し興味がある」
それだけでも十分です。
分からないことがあれば、お気軽にLINEからご相談ください。


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